- 手書きにこだわる
(98/8/22) -
ボクがNewtonプログラミングを始めてから1年が経ちました。みんなに可愛がってもらってるE漢字もそろそろ満1才の誕生日を迎えることになります。この間、いろんな事がNewtonの世界にはありましたね(遠くを見る目)。
ボクがNewtonプログラミングを始めたのは鷲見さんの「dT」というアプレットがキッカケになっています。右も左も分からないボクにソースファイル付きのアプレットを送って下さった鷲見さん。あれからNewtonScriptのトリコになってます
(^^;; デファイング・グラビティにも出ているスゴイ人だというのは最近まで知りませんでした。ごめんなさい。
こんな素晴らしい世界に導いて頂いて、ムチャクチャ感謝しています
(^^)
構想1年、ボクが一番こだわりたいアプレットが形になり始めてます。
Pencilです。
E漢字を作り出した当初からボクには不満がありました。E漢字は確かに進化はしているものの、ボク達が常用している記号「ひらがな」がノートに直に書き込めないもどかしさは拭えない。悔しくてE仮名を作ってみたけど、キーボード文化の延長のようで何か違う...。
直に書き込めないと英語圏の人達のような使い方はできないし、直に書き込む事こそが他のPDA類と一線を画するNewtonなんだ! そう思い立ってから試行錯誤が始まりました。
初めはニューロ・コンピュータの応用で文字認識しようとしました。認識速度が速く、MP130でも実用になると思ったからです。これについては今年の幕張Expoでのデモを見てくれた人もいますよね。ところがNewtonはなかなか文字を憶えてくれないし、新しい文字を憶えさせると他の文字を忘れてしまう(苦笑)。
「ダメだこりゃー。次いってみよー(by
長介)」ってことで今度は最近流行の人工網膜技術を応用してみる。でもこれも認識率が悪くて使い物にならない。「あ」を書き込んでナゼ「り」になるんだ?せめて「お」とか「め」ぐらいなら似てるから希望も持てるというのにね。文字の形が全く把握できていないみたいだ...。
メゲてた時に目にしたのが
HyperLibに掲載されていたNewtonTimesです。エヌフォーのリチャード氏と愼也さんが福田さんのインタビューに答えてました。
「Newtonの場合、PDAの "P"
はパーソナルじゃない。もっとプライベートな "P"
なんです」
という内容だったように憶えてます。「そーだよなぁー」と納得すると同時に、頭につかえてた物がフッと無くなりました。
Newtonオーナー1人だけが使えればいい、その人の文字だけ分かればいいんだ。他人の文字に応用が利かなくてもいいんだ。Newtonはプライベートなんだから。
そして生まれたのが "Pencil"
独自のロジックです。まだまだ改良の余地はあります。
-10061エラーの件など、置き去られてしまった事がNewtonには多くあります。でもバスケさんの
HeavenOrHell
やGothicEverywhereのように、その気になれば出来ることも多くあるんです。
今回、Pencilへの過程の中でいろんなことを学びました。そのどれもがNewtonに応用できる物です。DragonSystem社はNewtonでの音声認識技術の開発を止めてしまいましたが、これは「あるレベルまでは音声認識できる」ということでもありますよね。
ARMネイティブで作り込めば
FFTによる波形解析もリアルタイムに近いレベルで可能でしょう。IBMのViaVoiceのようには出来なくても、口笛の音程でNewtonが反応するようなものは出来ると思います。FingerTipでバックライトが点灯するとかね
(^^)
素のMP2x00に内蔵されているセンサーはタブレット、マイク、温度計。出力はディスプレイ、スピーカー、バックライト。
さぁこの組み合わせで、あなたなら何を作りたいですか?
- サポーターになろう!
(98/8/20) -
バスケさんが中心となってNewtonユーザーが気持ちを一つにしたGothicEverywhereのベータテスト。結局ボクはテストの役には立てずに成り行きを見守っていただけですが、それでも熱くなれましたね。「プログラムは作れないけど、テストを通して物が出来上がっていく過程に参加できて感動した」という感想がたくさんありました。
本職のプログラマがフリーウェアを作り出す原動力には、こういったユーザーとの交流を楽しむ気持ちもあると思います。ユーザーから「役に立ってるよ」「ここをこうすれば、もっと使いやすくなるよ」「ここが気に入ったよ」なんてメールや声援をもらうと「職人」としての血が騒ぎます。
それは物作りの原点である「俺はできる事をする、君は君のできる事をしてくれ」というキャッチボールができているからだと思います。
開発者とキャッチボールができるユーザー。それは頼もしいサポーターでもあるんです。
- 学習するNewtonの可能性
(98/8/5) -
「学習」という言葉で何を想像しますか?
パソコンの世界で学習というと、まずFEP辞書の学習を連想しますね。ユーザー辞書登録というのもあります。これは具体的には、
= FEP辞書の学習 =
・辞書内の単語を使用頻度に応じて並べ替える
・辞書に無い単語を覚え込ませる
ということです。つまりデータの順番を変えたり、追加したりといった「データ操作」をやっているわけです。辞書を検索する方法(検索プログラム)は変わっていません。
では人間が辞書をひく時の事を考えてみましょう。たとえば英和辞書。英語を学び始めた頃は、ABCの順番も憶えていませんから
= 全く初心者の辞書検索 =
・辞書の頭から探し始めて、一致するところまでページをめくっていく
(辞書というものを知らない人は、こうするでしょうね)
徐々に英語と辞書に慣れるにつれ、
= 中級者の辞書検索 =
・アルファベットの前半・後半を判断し、辞書の開きかたを工夫する
(頭文字がBなら前半、Wなら後半というのが体に染み付いている)
= 上級者の辞書検索 =
・辞書に無い単語でも活用形やプリフィクス(Pre-、De-)を判断して適当な単語を探し出す
などといった工夫をするようになります。これは「新しい検索方法を覚えた。検索を工夫するようになった」という事になります。
学習には、このように
1.情報を増やしたり整理したりする(知識を増やす)
2.情報を処理する方法を、学ぶ(知恵を付ける)
という2通りの学習があることになりますね。これをコンピュータに当てはめてみると
1.データの取得、加工
2.プログラムの改善
ということです。
ソフトウェアの宣伝文句でよくある「学習機能付き」というのは1番目の学習になります。「ユーザーの癖を覚える」というのも癖をデータとして登録しているに過ぎません。ニューロコンピュータでさえ、1番目の範疇に入ってしまいます。(ニューロ素子を使えば2番目になるのかな?)
コンピュータというのは、自分でプログラムを変えることはできません。コンピュータが加工できるのは「データ」だけです。じゃあ、人工知能ってどうやってるの?.....と思うでしょ。発想を転換して
「プログラムもデータです」
と考えてしまえば良いわけです。
「なぁんだ単純じゃん」と思うでしょうがこの発想を実現するのは、なかなか大変なんですよ。なぜならプログラムを作るための言語(C言語とかBASICとか色々)では、
・データはデータ、プログラムはプログラム
としか見ていませんから「動いているプログラムを変更する」ための方法が用意されていないのです。これではプログラマーがどんなに頑張っても実現することはできません。
人工知能言語と呼ばれているプログラム言語がいくつかありますが、これらは2番目の「知恵を付ける」学習ができるようになっています。代表的なのは
Lisp(リスプ)や
Prolog(プロログ)という言語。これらの言語では「自分(プログラム)を見つめるプログラム」なんてのを組み立てることができます。つまりプログラムが自分で「反省」できるわけです。
改善というのは反省から生まれるものですから、この仕組みが作れないと知恵の学習はできないですね。
では、我らが NewtonScript はどうでしょう?
NewtonScriptは SmallTalk
に似ているとか言われているそうですが(また聞きなので良く知らないです。SmallTalkもよく知らないし)、ボクには
Lisp の要素が入っている気がします。
= NewtonScriptとNewtonOS =
・データとプログラムを同列に扱っている(Frameという構造)
・動作中のプログラムが、プログラムを作り替えることができる(Compileで作った新しい関数を継承させる)
・必要なくなった知恵は忘れる(新しい関数を継承した場合、以前の関数はガベージコレクトされる)
つまり「反省するプログラム」を作ってやれば
Newtonは自分で反省して改善することができるわけです。まさに成長するアシスタント!
人工知能の仕組みを搭載したPDAなんて他にないでしょう。
Newtonテクノロジーを作り上げた人達には、ホントに敬服します。
今、世の中で最先端をいってる様々な技術がこの小さな筐体の中に所狭しと詰め込まれています。しかもその技術がお互い喧嘩するのではなく、補佐し合えるような作りになっている。
ボクにとってみれば一生遊んで学べ、使える相棒ですね。
ここに来てボクは再び Newton に惚れ直しています。
- Newtonコミュニティ
(98/7/27) -
あなたはNewtonが好きですか?ボクは大好きですね (^^)
そしてナゼかNewtonに熱く関わる連中も大好きです。愛情と尊敬を込めて
Crazy Newtonist と呼びたいのです。
でも最近、今までボクらを引っ張って来てくれていた先輩Newtonist達が元気を無くしているようです。彼らは力一杯戦ったはずです。本当に責めを負うべきはAppleなのに、なぜか彼らに酷評が集中してしまう。
ボク達は彼らを応援すべきです。今までボク達を引っぱり上げてくれた分、応援すべきだと思います。
なんか幕末の日本に似ているんです。
薩摩・長州・土佐そして幕府がお互いを牽制しあっているうちに、諸外国の脅威が迫ってくる。守るべきは「日本」なのに自分の都合を守り合っている。そういう図式がオーバーラップしてくるんです。
「そんな大袈裟なものか」と言われてしまえば、そうなのですが日本におけるNewtonというものが内乱状態で暗い印象のまま消えてしまう可能性があるとすれば、ボクは黙っていられません。人間の都合も考えない「モバイル」という名の冷たい脅威が、コンピュータの印象をどんどん悪くしている中、Newtonは一つ残った「武士道
(SPIRIT)」なんです。
ボクは内情は知りませんが、先輩達はまだ戦っていると思います。みんなで先輩達を盛り立てて行きませんか?
こんな良い物を埋没させてしまうなんて、もったいない。そう思ったあなたはNewtonコミュニティの立派な一員だと思います。
- Newtonを料理する
(98/7/2) -
名車ランドローバーは
一つの製品を絶え間ない品質改良を経て作り続ければ、それは最良の物になる
という姿勢で作り続けられているそうです。思えば「文化」として残る物って、そういう物のような気がします。1つの事にこだわって突き詰めて行く努力が、内容の濃い、物作りにつながるのでしょう。
料理をしていて味が物足りない時に別の調味料を加えるよりも、そのままで煮込んだほうが美味しくなることもありますよね。それは食材のうまさを絞り出すということなのかもしれません。この「煮込む」というプロセスが「より味のある」物作りの基本なんでしょうか?
とかくコンピュータ業界というのは時間との追い駆けっこのようなところがあって機能優先になっちゃうのです。「手に馴染む」ということも物の価値なのに、それを測る尺度が無いばかりに軽視されています。つまり「煮込む」時間が無いわけで、これは悲しい事ですよね。
Newtonは紙と鉛筆というコンセプトを電子的に作り込む時に、同時に色々な工夫を内蔵していて、それ自体が「うまみ」を内に秘めています。ある意味、Newtonは食材なんですね。出荷時は味が付いていないように見えて実は「うまみ」を持ってるわけ。自分の好きな調味料(誰かが作ったアプレット)をフリカケて美味しくできるし、使い込んでいくと更に「うまみ」が出てくる
(^^)
「最小限の調味料で食材の味を引き出す」のが料理人の腕の見せ所ですから、Newton本来の味を引き出してあげた方が「おいしく」なると思うんです。E漢字/EWord/HugeNote/Canvasと、ボクのアプレットにはノートパッドと連携する簡単なものが多くなってますが、単純明快なノートパッドが一番好きだということなんでしょうね。ノートパッド本来の柔軟性を利用したい、って所からアレコレ作っちゃったわけです
(^^)
モバイルPCが「デコレーション・ケーキ」なら、Newtonは「おでん」ってところでしょうか?
Newtonって和風だよね。
-
使いやすさをスポイルするもの (98/7/1)
-
MacFanにデーブ・スペクター氏のNewton活用例が掲載されていました。なかなか勉強になること書いてましたね。
とにかくシンプルにする
ナルホドです。プログラマがとかくハマリがちな病気として「物事を難しい方向に考える」というのがありますが、プログラマだけの病気じゃないようです。
優秀なプログラマというのは、物事を簡単に捕らえる能力を持っています(ボクもそれを目指して修行中)。複雑に見えるシステムでも、その要点を見抜く力があれば簡単に表現できるそうです。
「複雑になってしまったら何かが間違っている。何をしたいのか、もう一度考え直せ」
というのがボクにコンピュータを教えてくれた師匠の決まり文句でした。欲張ったり、カッコ付けたりすると物事はどんどん複雑になっていきます。複雑になるとトラブルが多くなって、それに対処するのにまた複雑になる....。もともと人間がやってた事を機械に置き換えるわけなので、そんなに複雑にはならないハズなんです。
物事をシンプルに考えるためには「何をしたいのか」をハッキリさせる事です。そして何が必要かを考えていきます。必要じゃないことは、やらない。そうすると、驚くほど簡単に整理できます。
スペクター氏のコンピュータの使い方は「これがやりたいから、この道具を使う」という簡単明瞭な図式です。その氏がNewtonをメインマシンに使っている。肥大化したコンピュータシステムに対しNewtonは「何をしたいのか」をシンプルにハッキリ持っている道具だと思います。
物を使いにくくしている原因は、人間が情報に流されているからじゃないんでしょうか?
- 物を作るということ
(98/6/22) -
開発者のための最強ツールViewFrame1.2がフリーで公開されました。サンデープログラマの活動に拍車が掛かれば、これ自体は嬉しい事なのですが、ViewFrame開発者の言葉がちょっと気に掛かりました。概要を抜粋すると、
Now that Steve Jobs has
killed the Newton, ViewFrame is no longer commercially
viable, and I simply have no real interest in updating it
further. For those of you who are still active in Newton
programming, I am making ViewFrame available for free on an
as-is basis.
スティーブ・ジョブズがNewtonを殺した今、もはやViewFrameは商業的には生き残れない。それにボク自身がViewFrameをこれ以上改善していく興味を失ってしまったしね。いまでもNewtonプログラミングを活動的に行っている人達のためにViewFrameをフリーで公開しようと思ったんだ。
ViewFrameというのは素晴らしい製品です。ちょっと分かりにくい表現かもしれませんが、ボクにとってViewFrameというのは「大工さんが使っている巻き尺」に近い物があるんです。スゴク愛着のある巻き尺です。
「こんなものを作ろう」と思った時に「どうやって作ればいいんだろう?」と行き詰まったら、先輩の作ったいろんなアプリケーションで良く似た動きをしている所を調べてみます。もちろん、そのまま盗んじゃいけないけど、やり方を勉強するには最高のモノサシですねViewFrameって。地方で開発を進めるボクにとってはViewFrameが唯一の相談相手だったわけですし、満足の行くドキュメントの無い初期のNewtonプログラマー達もこの製品に助けられた事でしょう。
自分の愛着ある道具を作っているメーカーが「もう作らない」と意思表明するのは辛いもんですね。しかも「興味が(情熱が)無くなったから」という理由なんですから余計こたえます。ある意味AppleがNewtonを凍結した時と同じような寂しさを感じました(泣)
- いったい
10061エラーって何なの (98/5/12)
-
-10061エラーについて、なるべくコンピュータ用語を使わずに簡単に表現してみましょう。
Newton君はボクの秘書で、その秘書は自分の机の上で仕事をしています。ボクは秘書にいろんな仕事をさせてます(色々なパッケージを起動してますから)。仕事道具は棚に入っていて必要な時に机に持ってきて作業します。通常は今やっている仕事の道具が机の上に広げられているわけですね。
「机の上」 :DRAMつまりシステム・ヒープ
「仕事道具」:動かしたいプログラム(アプレット)
机が広い(ヒープが大きい)とたくさんの仕事を机の上に置いておけるわけです。もう必要ない仕事は棚の中にしまっておいて持ち出せない状態にしておきます(フリーズ)。
さて、いくつか仕事を順番にこなしていると、いちいち必要なくなった道具を棚に返すのが面倒になります。時間かかるし。もう一度その仕事に戻るかもしれないし。ならば机の上に置けるうちは返さないでおこう、ということになって、机の面積を有効に使い始めます。もちろん机に置けなくなったら、不必要な物を棚に返すわけですけどね。
ちょっと具体的に考えてみましょう。「スケジュールを立てる仕事」と「お金を計算する仕事」をしていました。スケジュール用にはグラフ用紙、お金の計算用に電卓を机の上に置いていたとします。そしてしばらくの間、お金の計算に集中していました。さてスケジュールを立て直そうと思ってグラフ用紙が置いてあるはずの所を見ると、グラフ用紙が(なぜか)無くなっている。「おー、グラフ用紙が無いぞ!
仕事が出来ない。どうすればいいんだ?」と叫んで
-10061エラーが起きるわけです。
パッケージが消えて無くなるわけではないです。ご心配なく。この例で言うと、棚に置いてあるグラフ用紙をコピーして机の上で使っている、ということになりますか。つまりオリジナルのグラフ用紙は棚の中にあるわけです。
机がせまい時(DRAMが4メガ無かったMP2K、またはメモリを増設しないeMateまで)は「なぜか無くなる」という事がなかったわけですが、4メガに拡張された時点でこの問題が発覚して来ました。
「机の上を有効に利用する」というのはNewtonOSの役目です。この部分にバグがあって、たとえば、
・道具を棚に返したのに、返していないと思い込んでいたり
・返していないのに「返したハズ」と思っていたり
と言った勘違いをしているわけです。机が大きくなり過ぎて、覚えていられなくなったんですかね(笑) 一時対策プログラムの「'61
Memory Fix」が、これをどのように解決しているかと言うと、
・机の上の道具を全部棚に返して、今の仕事に必要なものを棚から全部持ってくる
という処理をしてくれているのです(ボクの推測ですが)。
だからパッケージが多ければ、必要なものを取ってくるのに時間が掛かるわけですよね。この「'61
」プログラムもプログラムのひとつですから、「'61
プログラムが使う道具」が(なぜか)無くなってしまったら、動作できなくなってしまいます。
つまり根本対策はNewtonOSのバグを直すしか無いわけです。
- こだわりと愛着
-
Newton使いにはペンにこだわる人が多いようですね。ボクもよく機械いじりしますが、スパナやドライバーといった道具類にはこだわりありますよ。高価なツールでなくてもいいんです。手に馴染むその感覚が、その道具を特別なものにしてくれます。
ウェブ上で素晴らしい言葉を見つけました。五十畑さんのサイトです。
テクノロジーに愛着を感じる、とは正直今まで予想もしていなかったことだ。テクノロジーとは本来人間の活動において有効に機能できればそれで十分な代物である。それ以上の機能や価値を求める、となるとそれはテクノロジーではなくなる。それは「道具」や「芸術」などと呼ばれるほかのものの役割であるはずだ。Newtonは僕にとってはテクノロジー以上のものだった、ということだ。それは、僕にとって大切な、愛着を感じさせる「道具」として、僕の生活の中で重要な位置にありつづけているのだ。
ClubNewton@-AtMark-でボクが書いたNewton
Technologyの話とすこし重なる部分があるなぁ、と感じました。"Newton
Technology"
を説明しづらいのは、Newtonにおいては「コンピュータ技術では無い部分も重要視されている」からなのでしょうね。
最近ソフトウェアが、もてはやされ過ぎている気がします。かく言うボクもプログラマですし、ソフトウェアというのは大事なものなのですが、ハードウェアがあって成り立つ物でもあります。ボクは制御系のプログラムを書く事が多いので常々感じています。ソフトが強くてハードが弱いと非常にバランスの悪い機械になってしまうし、逆もまた然り。ボクが危惧を抱くのは、このバランスが崩れかけているように見えるからです。
人間自体がソフト(思考)とハード(肉体)を持っています。その両方にバランス良く働きかける道具が、もっとも人間にとって無理が無く使いやすい道具なのではないでしょうか?
そしてそのためには、ハードとソフトを1社で手がける(またはハード会社とソフト会社が密接に連携する)ことが必要なんじゃないでしょうか?
Newtonのソフトはメンタルモデルに的確に反応して来ます。そしてハードウェアでも人間の手に吸い付くような表面加工を施したり、重量バランスを考えたり、落ちつきのある深い緑色のボディにしたり(森の色をイメージしたのかなぁ).....「人間のハードウェア」に訴えかけて来ますよね!
愛着というのはソフトウェアよりも、実際に肌に触れるハードウェアに感じる事のほうが多いと思います。「バーチャル」や「シミュレーション」と言った言葉が世間を席巻していますが「実感」があるのが一番です。そういう所にこだわって「人間のハードウェア」を大事にしてくれたNewton。
ここでも現在のコンピュータ界に一石を投じてますよね。
Yos
- ザウルスとの比較?
-
EWordを公開したら、こんなメールを頂きました。
Newtonを見せたら「ザウルスには英和辞書がついてる」と言われて悔しい思いをしていたんです
きっとみんな一度はこんな気持ちになってるんでしょうね。
NewtonをザウルスやWinCEなんかと比べられると「機能」だけで負けた.....とか思うことがあったんだけど、それって「機械の自慢大会」なんだよね。たしかに必要な機能は欲しいでしょう。だからボクは作ってる
(^^)
Newtonのアプレットって必要以上に自己主張しなくて「人間をタテる」ような振る舞いをするよね。「気が利くなぁ」って思う動作とか。それってNewton自体や開発者の優しさなんだけど、Newtonをとりまく環境ってそういう世界なんだよね。
「人間のことを考えよう!」
それがNewtonの隠れスローガンなんでは?
Newtonってパーソナルな道具だから、Newton用のアプレットを作る時は使う人達の気持ちを考えるようになっちゃうのです。
NiftyのNewton専門フォーラムFNewton。非常に雰囲気が良いです。
それはマイナーな道具を使う集団ゆえの仲間意識なのか? そうではないようですよ
(^^)
「人のフリ見て、我がフリ直せ」
という言葉がありますね(最近、そんな事言う大人も少なくなったようですが)
Newtonユーザーは「人のフリ」をNewtonを通して見てるんです。Newtonはパーソナルな道具であり、そこに作り込まれるアプレットや機能は「人がどう使うか」を考え抜いて作るわけですよね。
そこには優しさがあります。
Newtonユーザーは日々Newtonに触れる事によって「人間」を考えるクセが付いてるように感じます。Newtonを透かして見える優しさに触れて、「我がフリ」も優しくなって行くような気がしますよ。
Newtonは使い込まないと価値が分からない。「即席」を美徳とする最近の風潮とは相いれない部分があるけど、結局「Newtonという道具の素晴らしさ」とそれをとりまく「Newtonワールドの素晴らしさ」を体感するのに時間が掛かるんだと思う。
「こんな事できるよー。いいだろー」
って機械よりも、
「こんな事まで考えてるんだよー」
っていう道具の方がボクは人間に馴染むと思うんです。
Yos
- Newton
Never Diesキャンペーン参加コメント (98/3/8) -
ボクはNewtonと言う言葉を、Newtonテクノロジーやデバイスそしてユーザーまで含めた世界として使っています。なぜ区別しないか?ボクの中では区別できないのですよ。それはNewtonという名称で表現される「場」なのです。
武道の世界には「止まった時計」という逸話があります。ボクはこの話が好きで、事ある毎に思い出すのですが、こんな感じです。
止まった時計は正しい時間を知らせてくれないように見える。しかし1日に2回は正しい時間を知らせているのだ。時代に迎合しようとして焦るあまり、不用意に針を動かすと、1度も正しい時間を指す事は無いかもしれない。
つまりこういう事である。自分の信念をしっかり持って動じずにおれば、やがて機は来る。その機を逃さないために平素ワザを練るのである。
逸話として解釈しなければ、ナンボでもツッ込む余地のある話ですが、少なくともNewtonというものは昨今のPCのように「時代のオモチャ」として開発されたわけではなく「人間に使われる」ために考え抜かれた道具なわけです。その基本をAppleは忘れた。不用意に針を動かし、誰かの後ろを追いかけ始めた。
ボクはNewton続けます。それはNewtonが正しい方向を向いていると考えているからです。
Newtonはまだ実力を出し切っていない。ボクはそう思ってます。付け焼き刃ではなく、しっかりと練られた機能がまだオモテに出ていない。MP2x00にしてもeMateにしてもそのチカラの数10分の1しか発揮していない。ならば、そのチカラを何とか発揮させたいものです。それがNewtonを愛する開発者達の本当の気持ちでしょう。
開発関連の資料を見ても、まだ使われていない機能がたくさん。MP2x00を分解して中を覗いて見ても、その中に秘めたアイデアは縦横無尽です。
「Newtonが凍結されたから、何を言ってもムダだ」とは考えないで下さいね。「こんな事がしたい!」の一声で発揮できる機能も、まだまだ隠れてます。
世の中を動かせると本気で思っている人間が、本当に世の中を動かしている。それがThink
defferentのフレーズだとすれば、そういうクレイジーな連中がNewton関連には多いと思います。だからこそ熱を感じる。熱くなる。Newtonワールドを作り出せる。
そしてNewtonユーザーはNewtonデベロッパーを動かせる。
なぜなら、Newtonはユーザーから発祥し、基本がそこにあるからです!
- Newtonは死なない
-
NewtonOSの開発および製造が中止になるようです。みなさんも各種サイトで情報を得たことでしょう。
こういう話は、このサイトではなるべく書かないようにしてきました。決定事項以外、ボクは興味がないからです。しかし、どうやら今回は決定のようですね。
ボクはNewton続けます。
海外のNewton関連メーリングリストでも文字が踊っています。「JobsはThink
Stupid」だとか、「Newtonを使い続けるぞ!」とか。
開発者たちからのメールも届いています。中には「VisualNewt」で有名なSerg
Korenからのメールもあります。「私は開発者をサポートする」と。そんな声が多く見られます。世界中が一斉に今回の事態に反応している。仲間が世界にいる。そんな感触が、今あります。
Newtonはまだ実力を出し切っていない。ボクはそう思ってます。付け焼き刃ではなく、しっかりと練られた機能がまだオモテに出ていない。MP2x00にしてもeMateにしてもそのチカラの数10分の1しか発揮していない。ならば、そのチカラを何とか発揮させたいものです。それがNewtonを愛する開発者達の本当の気持ちでしょう。
E漢字の開発を通して、ボクは色々な人に、色々な事を教えてもらいました。それは技術的な事でもあり、環境的なこともあり、精神的なことさえあります。メールウェアにしたことは間違いじゃなかった。ユーザーから直接
激励をもらえるなんてこと、今のコンピュータ業界でそうあることじゃない。
Newtonが個人に特化したからこそ、そこまで感情移入できてしまうのだとも考えます。Newtonを開発した人達が、そのレベルまでボクらのことを考えてくれていたからなのかもしれません。
Newtonはプログラムを始めた頃の気持ちをボクに呼び戻してくれたし、Newtonという世界を通して、色々なものが見えるようになって来ています。Newtonと共に成長した自分を実感できるからです。
「Think
different」それはNewtonのためにあるような言葉だと思うのです。
世の中を動かせると本気で思っている人間が、本当に世の中を動かしている。それがThink
defferentのフレーズだとすれば、そういうクレイジーな連中がNewton関連には多いと思います。だからこそ熱を感じる。熱くなる。Newtonワールドを作り出せる。
Think
differentを打ち出したAppleがNewtonを凍結するのであれば、ボクはよりアグレッシブに「Make
it different」で前に進みたい。
ユーザーが励ましてくれる限り、デベロッパーは死なない。
「Newton」がユーザーをも含めた言葉なら、Newtonは死なない。
Yos
-
Newtonは進化している? 倶楽部Newton@掲載コメント
-
Newtonテクノロジーという言葉が具体的に何を指すのか、ボクには分かっていない。「本当にそんなものが実在するのか?」という問いを発する人もいる。具体性の象徴である「テクノロジー」という言葉が、この場合あまりにも抽象的に使われているからだ。
先日WinCEアーキテクチャに関してのプレゼンを拝聴した。WinCEアーキテクチャは単にWindowsを縮小したものではない。Windowsとは違う用途(CE)をターゲットにしているのは、その構造から見て取れた。
WinCEはNewtonのアーキテクチャに非常に似ている気がした。しかし、根本的に何かが違う気もした。それは何なのか?
バブルと同時期にコンピュータ業界は激変期を迎えた。その2つの事象が国内では相乗効果を生んで人々の価値観を少しく捻じ曲げた。
金、付加価値、即効性...。
短期間でのコンピュータの著しい進歩で、情報が溢れ返っている。コンピュータ業界は新製品を売ろうとして、新出の技術を建て増し的に添付していく。外見上は何でもできる最新鋭機になっているが、きっとその中身は大混乱しているのだろう。
机の上に書類を積み上げていくのと同じ。わずかな摩擦のバランスで、かろうじて立っている。
人間は一貫性を好む。類推する、というのが人間に備わった能力だからだ。そして技術に一貫性を求める時、それは考え方のバックボーンがあるか無いかに大きく左右される。
考え方のバックボーン。「東洋」が得意とする所である。
良く出される例として、東洋医学と西洋医学の違いがある。現在はどうかわからないが、あくまでも喩えとして読んでいただきたい。
西洋医学は具合の悪い部位を「切った張った」で治そうとする。そこが痛いのだから、それを解決すれば良いという考えで、即効性を善しとしている。だが東洋医学は違う。
人間の体の「バランスの取り方」を経験的に把握して、全体のバランスを修正する方向に持って行く。時間は掛かるが、根本解決を試みているわけだ。うさぎとカメでは無いけれど、東洋医学の方が最終的な治癒に結びつくのではないだろうか?
そして、これが大事な事なのだが、東洋医学は「治療部位」を見ているのではなく「人間」ひいては「生活」を大局的に見ている。これは東洋の文化全てに共通している事でもある。
勝手な見解かもしれないが、Newtonは東洋的だ。東洋が持つ美しさが内包されていると思う。
・シンプルであるが故の美しさ
・意識的にムダを遊ぶ優雅さ
・手触りやバランスにこだわった職人気質
・「人間をタテル」という謙虚さ
日本人が無くしかけている「信念」や「誇り」を、この小さな機械を生み出した背景から感じることがある。
ではNewtonは時代の先端を走れないのか?
新しく出てくる技術を組み込むことはできないのか? いつまでもうさぎを追いかけるカメなのか?
そうではないでしょう。
「AとB、どっちだ?」という選択的な判断を下すのが近頃は流行らしい。先の例で言うと「西洋と東洋、どっちが優れているんだ?」ということになる。そうではないんです。
基本を踏まえた上で、新しいものを取入れれば良い。浮き足立って新技術に流される必要は無い。MessagePadがPDAからハンドヘルド・コンピュータというカテゴリに移行したのは、そういう流れがあるのだと思う。
従ってMP2x00になっても、そのPDAとしてのバックボーンは変化していない。
基本と新技術の融合。Newtonテクノロジー、それはバランス感覚なのかも知れない。
ここ数年、そして現在もNewtonに関しては政治的な話やウワサが多い。そんなウワサ話がNewtonというプラットフォームに薄モヤをかけてしまっているのは否めないだろう。
しかし、前述したような見方で情報を見ていくと、OSの進歩だけでなく、Newtonを取り巻く環境が一体となって、ゆっくりと定向進化しているふうに見える。
最新のテクノロジーが最高にフレンドリーにボク達に近づいてくる。
Newtonに関連する情報を見ていると、そうとしか思えない。
人間から発したコンピュータが様々な方向に進化を遂げ、変化し、その一部はやがて人間に回帰して来る。コンピュータシステムを開発することは人間を探求することに他ならないことに気がついたわけだ。
人間ありきのバランス感覚。そこに集まる熱い人間達。それらを以ってNewtonテクノロジーとは呼べまいか? テクノロジーが、おこがましければNewtonマジックでもいい。
「Newtonというのはユーザーも含めてNewtonと呼ぶんだ」と言う先輩、池田愼也さんの言葉がボクの頭に刻まれている。
Newtonは進化している!
- アプレットの意味
-
Newtonではアプリケーションの事を Applet
って言いますよね。これは Application と
Littleが合成された単語で「小さなアプリケーション」という意味なんです。似た言葉としてはトヨタ自動車の
Starlet (小さな星)とか、長野オリンピックのキャラクター
Snowlets (小さな雪の妖精達?)なんてのもありますね。
E漢字はTapBarアプレットとして「他の機能と組合わせて使う」ことを前提として作りました。つまりそれ1つでは何もできない奴なんです。そういう「得意分野を持った機能モジュール」を寄せ集めて目的とする機能を実現しようというのがアプレットの考え方だと思います。
E漢字の感想メールで「"いずみ"と組合わせて、ガンガン日本語入力してます!」なんて言葉を頂いた時には嬉しかったですね
(^^)
パソコン雑誌では「こっちか、そっちか」っていう論調で物事を決めようとしますよね(まぁ購入を考える読者にはウケが良いでしょうけど)、でもNewton的な考え方は「いろんなアプレットを融合させる」ことだと思うのですよ。Newtonの面白さのひとつはここにあるんじゃないでしょうか?
自分が使う必要最小限の機能を、この小さな機械の中に組合わせ、構築する。しかも絶妙のバランスで!
それって最高のパズルだと思いませんか?
E漢字は、このパズルの1コマです。あなたなりのコマを探し出して色々配置してみるのもいいでしょう。そんなコマが美しく「和合」した時Newtonは、計り知れない実力を発揮するでしょう。
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